2002年2月3日日曜日

西論風発:雪印食品問題 暮らしを見直す好機に

 〇掲載年月日 2002年02月03日 

 西論風発:雪印食品問題 暮らしを見直す好機に=池田知隆・論説委員 

  

  「非難する前に、ただただ悲しくなります」と、雪印食品問題で北海道の友人からメールが届いた。「雪印設立の経緯を知るだけに、食中毒事件以来、創業の原点に戻るという雪印を信じ、応援してきましたから」

 食中毒も、牛肉偽装も関西で表面化した。メールには「ひどい偏見を承知で言わせてもらえば、老獪(ろうかい)な関西の人よ、不器用で鈍重な北海道人の足を引っ張らないで」ともあった。北海道の人に複雑な感情をいだかせるほど関西は経済的に厳しい土地柄に見えたようだ。モラルハザード(倫理観の欠如)は何も関西に限ったことではないのだが。

 雪印乳業の創業者、黒沢酉蔵は、公害の原点といわれる足尾鉱毒事件を追及した田中正造の直弟子だ。渡良瀬川沿岸住民を救うために明治天皇へ直訴を図った正造に感動し、寝食を共にした。その後、牧夫生活を経て創設したのが北海道製酪販売組合(雪印乳業の前身)だった。

 雪印乳業のホームページに、事件の反省から「創業の精神である『健土健民』にたどりつきました」とある。「土」は大地の恵みである牛乳・乳製品を、「民」はお客、得意先、酪農家などを表している。いつしか精神的に離れてしまった「大地」に戻ろう、というのだ。

 世界を席巻する「ファストフード」に対して今、「スローフード」が注目を集めている。ゆっくり時間をかけて食事を楽しむだけではない。地域の伝統的な食材にこだわり、生産者との連携を深め、豊かな食文化を育てる運動で、1986年にイタリアの片田舎で始まった。

 スローといえば、スピードを重視するこれまでの社会では、否定的に受け止められがちだ。遅くて、効率が悪く、無駄が多い……と。しかし、社会がスローになると、地域や暮らしの姿がよく見える。そこから地域循環型社会に向けて、新しいライフスタイルを探る「スローライフ」への萌芽(ほうが)が出てきている。

 雪印食品問題で「食」への信頼が揺さぶられた。経済における倫理も根本から問われた。

 経済学の創始者といわれる「国富論」の著者、アダム・スミスは、もともと道徳哲学の教授だ。第一作「道徳感情論」では「自由競争ではあるが、自由放任ではない」と近代社会の原理を語っている。今一度、その経済の原点に立ち、「正義」とは何か、考えなくてはならない。

 バブルの崩壊という苦い教訓をどのように生かしていくのか。もっと地に足のついた経済とは何か。長い不況が続く今、ゆっくりと暮らしの在り方を見つめ直す好機としていきたい。

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