1996年8月14日水曜日

〇男のつらさ(1996年08月14日)

 〇男のつらさ(1996年08月14日) 


 「やあ、みんな、元気かい」。天国へ旅立ったはずの寅さんが、豆電球の光がチカチカと流れるタカラヅカの大階段をにこやかな笑顔で下りてくる夢を見た。いまは、お盆の最中だ。

 映画「男はつらいよ」とタカラヅカが、寅さんと男役スターが似ている、とずいぶん昔に書いたことがある。タカラヅカは生活のにおいを切り捨てた人工美の世界、一方の寅さんは庶民的で、現代人が忘れがちなやさしさ、思いやりへの郷愁、と表面上の魅力の違いははっきりしている。だが、スクリーン・舞台との濃密な一体感、見終わったあとの観客の晴れ晴れとした表情は同じだ。いずれも男と女の“つらさ”に対する“慰め”ではないか、と。

 寅さんには男の色気がある。放浪、気楽さへの憧れ、そして男の恥じらい。女好きのする二枚目性を恥じ、「男の美学は別にある」といいたがる男心。その魅力の“仕掛け”は、男に媚を売る女を嫌い、凛々しさに憧れるという女心の男役賛美とも共通している。

 大階段の寅さん。「もう、お呼びじゃない!?」と照れながら引き返し、幻は消えた。「男であること」の“つらさ”を語っても、宙に浮く時代の流れを予感したかのように。