2004年11月14日日曜日

西論風発:自殺3万人 防止に寺の力を生かせ

 〇掲載年月日 2004年11月14日 

西論風発:自殺3万人 防止に寺の力を生かせ=論説委員・池田知隆 

  

 「多彩な文化力は人間を生き生きさせる。お寺が変われば、社会も変わるのではないか」

 奈良・東大寺で8日開かれた国際文化フォーラム「シルクロードと仏教文化」の論議を聞き、そんな思いにかられた。

 関西の文化力で日本を活気づけようと文化庁は「関西元気文化圏」事業を展開し、今秋も「文化の多様性」をテーマに掲げ、さまざまな催しを開いている。人類の生存のためには、自然界における生物の多様性と同じように、文化の多様性は欠かせない。東京一極集中ではなく、各地域の多種多様な文化を活性化することで社会は元気になる。

 昨年の自殺者は3万4427人(警察庁調べ)と、6年連続で3万人を超え、過去最悪だった。シルクロードの向こう、イラクの戦争犠牲者が約10万人との推計がでていたが、平和な日本でも自殺者の多さから“心の内戦”状態にあるといわれる。人間が生きていくうえで文化の多様性が欠かせないとなれば、自殺防止の視点からも文化力にもっと目を注ぐべきだろう。

 古都・奈良県の自殺率は低い。都道府県別では、02年は最下位、03年は低い方から3番目だ(厚生労働省人口動態統計)。自殺率の地域差には、高齢化や経済をめぐる要因が複雑にからみ、地域の文化力がそれとどこまで関連があるかははっきりとしない。ただ、お寺の広間に座り、庭を見つめていると、心が和やかになるのは確かだ。

 日本各地には多彩な文化が息づき、関西はその宝庫でもある。今年も「関西文化の日」が設けられ、今月20、21両日を中心に昨年よりも4割多い171の美術館、博物館などが入場無料になる。京都などの古寺では、よく音楽会が開かれるようになったが、文化・芸術を親しむ機会はもっと増やしたい。

 日本にお寺は7万数千あるといわれる。その潜在的な文化力を、住民の文化活動に活用されれば、地域はもっと元気になる。寺も、生死に悩む人の“語らいの場”を設け、自殺防止への具体的な活動をしてほしい。文化力で多くの“いのち”を救うことができるはずだ。

2004年10月3日日曜日

西論風発:科学教育 子供の五感をはぐくもう

 〇掲載年月日 2004年10月03日 

西論風発:科学教育 子供の五感をはぐくもう=論説委員・池田知隆 

 

 小学生の4割が「太陽が地球の周りを回っている」と思い、3割が太陽の沈む方向が答えられない。そんな国立天文台の調査結果が話題になっている。

 「宇宙時代にそれでいいの」と憂う声もあるが、小学校の授業で地動説を教えていないのだから、それも当然かなと思う。むしろ、子供たちの生活環境がますます天動説のようになっているのが心配だ。手元のパソコンで世界の情報を入手するうちに、世界が自分中心に回っていると錯覚しないだろうか、と。

 話は飛ぶが、「インターネットコオロギ」というのがいる。パソコンの画面で鳴くコオロギのことではない。透明なケースの中で仲間と隔離され、触覚以外の視覚や聴覚の情報を与えられて育ったコオロギのことだ。

 長年、コオロギの生態を研究している金沢工大の長尾隆司教授によると、隔離飼育したコオロギは、集団生活で飼育したそれよりも攻撃性が激しい。隔離の程度で差があるが、中でも最も凶暴化するものをインターネットコオロギと名付けている。

 通常、コオロギのオス同士の戦いはどちらかが逃げれば、そこで終了する。だが、このインターネットコオロギは相手が逃げようと傷つこうと1時間にも及ぶ攻撃を続け、死に至らしめる。通常ではありえない、メスへの攻撃も仕掛ける。隔離飼育が本能のプログラムを狂わせている可能性もあるそうだ。

 情報社会の子育てを考える上で示唆に富む話だ。最近、子供をめぐる問題が多発するのはなぜなのか。子供がおかしいのか、生活環境が変なのか。

 だれしも日々生きている生活実感から離れて、自分の足元を客観視するのは難しい。「それでも地球は動く」というコペルニクスやガリレオのような科学的な目で見れば、子供(太陽)が動いているのではなく、生活環境(地球)が動いている、ともいえる。子育て観を今一度、天動説から地動説に転回し、より科学的に考えるときだ。

 先の調査結果は、ゆっくりと星空を見つめ、身の回りの現象に「なぜだろう」と子供たちと語り合うことの大切さを問いかけている。子供たちの五感をはぐくむ環境を作りたい。

2004年6月13日日曜日

西論風発:佐世保事件とネット社会 肉声による語りあいを

  

〇掲載年月日 2004年06月13日 

西論風発:佐世保事件とネット社会 肉声による語りあいを=論説委員・池田知隆 

  

 長崎県佐世保市の小学校で、同級生を殺害した小6女児は精神鑑定される。単に「キレる」という言葉ではすますことのできない、心の奥深い問題にどこまで迫れるのだろうか。

 このような事件が起きると決まってやり玉に挙げられるのが、電子・映像メディアだ。アニメ、ホラー映画などのビデオ約6000本を所有していた宮崎勤被告による幼女連続誘拐殺害事件は、佐世保の女児たちが生まれる前のこと。その後、子供を殺害する事件が目立ち、犯人の低年齢化傾向が生じている。今回もインターネット上の感情の暴走や、殺人ゲームを描き、映画化された小説「バトル・ロワイアル」の影響がみられる。各地の学校でカッターナイフの所持やネット使用、暴力的な映像を規制する動きがあるが、そんなことでは何も解決しない。

 欧米の神経医学の研究で、同じ文書でも活字を読む時とモニター画面で読む時とでは、脳内の活性化に違いがあるそうだ。人間が一生のうちに読める本は数千冊だが、同じ時間にみるテレビCMは数百万本に達するとの米国統計もある。電子メディアによる人間の感性の変化を見すえなくてはならない。

 インターネットを通して、だれもが自分の世界を拡張できる。一方、チャットやゲームなどに熱中するうちに、自らの存在が希薄化する面もある。自分の考えがどこにあるのか、画面やゲームの中なのか、と混乱し、現実と仮想現実を区別する能力が奪われることも否定しがたい。

 学校に「ネット環境」が浸透し、教室での生の会話よりもチャットを楽しむ子供が増えていると聞くと、気になる。さらに教師間や、教師と生徒の間でも人間的なつきあいが薄れているとすれば、やはり深刻だ。

 かつてテレビが出てきた時、やがて新聞がなくなるともいわれた。しかし、新聞には秩序立った紙面があり、映像が次々と流れるテレビとは異なる要素がある。新聞や活字を読むことで社会に対してより批判的に考えることができる。

 学校では、文字を読み、肉声で語り合ってほしい。そうやって共に学び、生活する場であることを今一度、再認識したい。

 


2004年4月18日日曜日

西論風発:医療事故 「密室」処理は許されぬ

 〇掲載年月日 2004年04月18日 

西論風発:医療事故 「密室」処理は許されぬ=論説委員・池田知隆 

 

 「医療ミスによる死にも通報義務がある」――東京都立広尾病院の点滴ミス隠しをめぐって最高裁は13日、たとえ刑事責任が追及される可能性があっても、医師には医療ミスを警察に届け出る義務がある、との判決を出した。

 医師側が「何人も不利益な供述は強要されない」と憲法をたてに争っていたが、医師の社会的な責務を優先させたものだ。通報義務がなければ、「密室」で処理されかねないし、ごく当然の判断ではないか。

 先月、フジ系(関西テレビ)で放送されたドラマ「白い巨塔」(山崎豊子原作)の最終回の視聴率は、関西地区で瞬間最高45・7%を記録し、驚かされた(関東地区の瞬間最高は36・9%、ビデオリサーチ調べ)。

 このドラマの後半の焦点は医療ミスをめぐる裁判だった。医師側が病院ぐるみで記録を改ざんして偽証する一方、病院に逆らって原告側に協力した医師は職を追われていく。入院中の患者が、消灯時間を過ぎても熱心にテレビを見ている、と病院関係者から聞かされた。各地の大病院で医療事故が相次ぐ中、そこに描かれた医学界とその内部の人間模様は今も現実味を帯び、視聴者に迫ってきたようだ。

 東京女子医大の心臓手術ミス事件で東京地裁は先月、同僚の医療ミスを隠すためにカルテ類を改ざんした医師に証拠隠滅で有罪とした。民事訴訟でも病院側のミス隠しが認定されることは珍しくなく、医療現場の閉鎖性を示す事例は後を絶たない。

 ミス隠しはミスよりも重い。ミスは技術的な問題だが、それを隠せば、再発防止を遅らせるだけでなく、医師の人間性にかかわる倫理的な問題となる。ミス隠しは、肉親の死で大きな痛手を受けた遺族の心をさらにメスでえぐる行為だ。

 病院の間では診断技術や治療成績に大きな差が生じ、効率化と医療の質を向上させる改革が求められている。最近、病院で「患者様」という言葉もよく耳にするが、そんなへりくだった姿勢や中身のない応対よりも、治療実績やカルテを公開し、透明性を確保してほしい。それこそが患者の信頼をつなぎ、病院として生き残る道ではないか。