〇律義(1997年02月26日)
「マルセル!」と声をかけると、まず「はい、そうです」と返ってくる。インドネシアの日本語ガイド、マルセルさん(32)の、その「はい、そうです」には不思議な魅力がある。あなたと向き合っていますよ、との意味を含み、それから笑顔で懸命に説明を始める。
黒い肌に縮れ毛の彼はフローレス島出身で、敬けんなカトリック信者だ。独習した日本語だけでなく、日本人の機微にも通じている。このほどマルク諸島の先住民族を訪ねた旅で1年ぶりに再会し、ますます人柄に魅せられた。
インドネシアを約30回も訪れ、今回の案内役の桃山学院大学教授、沖浦和光さんに彼は私淑し、昨夏に生まれた最初の子に「オキウラ」と名付けた。沖浦さんがフランシスコ・ザビエルをめぐる東西交流史を研究中と知ってか、その子の洗礼名は「ザビエル」。かくて「ザビエル・オキウラ」がアジア交流の確かな芽として育っている。
「はい、そうです」は単なる口ぐせです、と彼は照れる。だが、そこには相手と丁寧に向き合う律義さがある。そう感じるのは、その種の律義さが日本で薄れつつあるからかもしれない。マルセルさんと別れたばかりなのに、もう懐かしくなった。