〇旅のココロ(1996年12月17日)
若者の間で一躍人気者になった電波少年「猿岩石」。その現代版「極貧の旅」のヤラセ騒動で将棋の十三世名人、関根金次郎の遊歴の旅を思い出した。明治、大正、昭和を生きた最後の終身名人で、「王将」の阪田三吉の宿敵として知られるが、なかなか面白い人物だ。
関根は16歳で旅に出た。そのころ、一種の作法があって、手拭い一本あれば全国を渡れた。各地の将棋好きから紹介された家で「ご当地は初めてのこと、何分よろしく……」と言い、「ほんの土産の印まで」と手拭いを差し出せばいい。すると若干の路銀と一緒に手拭いを返してくれるのが習慣だった。
あるとき、関根は無一文で、手拭いを失い、自分の褌をたたみ、紙に包んで出した。ところが、あいにく亭主が留守で、応対した妻が気の毒そうに包みをしまい、「それは褌です」とも言えず、閉口したというオチもある。そんな旅で将棋と心を鍛え、日本を一巡すると、角一枚は強くなったそうだ。
私も17歳だった30年前の夏、自転車で日本一周した。懐メロのようにそのことを語る気はない。ただ自らを社会にさらすことに旅の醍醐味を感じた。演出された仮想の旅を声援するより、リアルな旅の体験を!