〇緑のしずく(1994年5月26日)
「日本の美しい五月のしずくを味わってください」との文章を添えて、知人が新茶を届けてくれた。緑の新茶は、まるで若々しい生命のもと。初々しい香りと苫みが体中にしみいってくる。
五月の緑といえば、京都・嵯峨野の染織家、志村ふくみさん宅の軒先につるしてあった鮮烈な緑の糸を思い出す。「植物から緑の液を出して染めても、糸についた途端、ネズミ色になります。ピンクの花からもピンクの色はでません。幹に蓄えられていたものが花にでてしまうと、"死んだ"ということなんです」。志村さんは「色はただの色ではなく、木の精」というのである。
「だったら、軒先のあの緑はどうして?」と聞けば、「黄色に藍をかけているのです。ある意味で藍は闇に最も近い色。黄色は光。ですから、闇と光が結合じたときに緑が誕生します。そこに生と死との接点があるのです」
自然界から色を吸い上げ、糸と織りの中に自在に吐き出してゆく染織家の仕事。それはまた人が言葉をすくいだし、表現していくこととまったく共通している。「緑のしずく」を味わえば、少しは文章に「いのち」を吹き込めるか。勝手にそう思いこんでみたものの、うまくはいかない。