〇離散と情(1994年4月28日)
歴史を知れば、いまの現実を生き生きとつかみとれる。今春、中国の旧ユダヤ人街を訪ねた小岸昭・京大教授(独文学)の報告をワインを飲みながら聞く集まりで、そう思い知らされた。
コロンブスが新大陸に到達した一四九二年、ユダヤ人(セファルディ)たちは追放令でスペインを追われた。欧州各地を流浪する中、強靭な思想、哲学、芸術を生んだユダヤ人の足跡を旅してきた小岸さんは、ユーラシア大陸をまたぎ、中国にたどりついた。
第二次大戦の開戦前後、ユダヤ人たちは二つのルートで上海に流れてきた。一つは、ポーランドからシベリア、満州(中国東北部)経由で。もう一つはイタリアから日本船に乗って海路で。理由は、上海が当時、世界で唯一ビザなしで上陸できる都市だったからだ。映画「シンドラーのリスト」のシンドラーのように、ユダヤ人の上海移住計画に取り組む日本の軍人もいた。
上海はいま、経済開発が進み、街が急激に変貌している。その背景にユダヤ人による経済協力があり、「ビザなし都市」の歴史への感謝の念が込められているという。ワインの芳醇な香りとともに、歴史と現実が織りなす壮大な物語にただただ酔いしれた。