2005年4月2日土曜日

〇花明かりの家(2005年04月02日)

 


〇花明かりの家(2005年04月02日) 


 「流転人生も、これで終わりかなと」。春先、随筆家の岡部伊都子さん(82)から届いたはがきにそうあった。30年近く住んだ京都・賀茂川のほとりの家からJR京都駅近くのマンションに移ったそうだ。「ここには甥(おい)一家が住み、何かあれば、助けてもらえます」

 岡部さんは、戦争や病気、仕事で大阪、神戸など15回近く転々としてきた。だが、築80年以上という賀茂川近くの民家にはいかにも岡部さんらしい風情があった。

 「うちにクーラー、ないんですよ」。夏に訪れると、岡部さんはいつもすまなさそうに言っていた。だが、庭の楓(かえで)や草花、丁寧に使い込まれた家具に囲まれ、とても居心地のいい空間だった。

 思い出の品を整理し、人生の店じまいに備える岡部さんはいう。「今は、すべてにありがとうと言いたい」。戦後60年、日本の美や反戦、差別についてもう十分に語ってきたとも思っている。

 桜が咲き乱れ、闇の中でも見えることを花明かりという。各地から人が集い、時代に小さな灯をともした「花明かりの家」もすでに人手に渡った。