〇汗と塩(1997年05月07日)
「三井三池炭鉱の閉山の光景をこの目に焼き付けておきたい」。
そんな気持ちにかられて3月末、九州に帰郷した。かつて「総資本対総労働の闘い」を担い、最後には15人になっていた三池労組。
その集会で組合歌「炭掘る仲間」を口ずさみながら、なぜかアフリカの民話が脳裏に浮かんできた。
――アフリカの奥地に住むある部族は、塩がなくていつも困っていた。塩を得るには、周りの敵対する部族の間を抜けて海岸まで行かなくてはならない。そこであらかじめ何人かが殺されることを見越したうえで、多くの若者が出ていく。敵対する部族との戦いを経て、海にたどりついた何人かが、海水を身体から塩分が噴き出すくらいに飲んで、集落に走って戻る。仲間が倒れても、そうやって塩を持ち帰る……。
生きることはそんな塩を運ぶような無償の行為で、汗の中に残された塩こそが人間集団の生存に欠かせない、とその民話はいっている。そして時代から追われゆく炭鉱マンの汗と塩の結晶こそ歴史に残したい、と思った。
早咲きの桜と共に124年の炭鉱の歴史を終えた郷里ではいま新緑が萌えている。炭鉱マンも再出発に向けて新たな汗を流している。