〇花明かり(1996年07月02日)
「7年ぶりに沖縄に行ってきます」。京都・賀茂川のほとりに住む随筆家、岡部伊都子さん(73)からの手紙にそうあった。お宅を訪ねると、「お医者さんが“(体調が)悪くなってももともとだから、勇気をだして行ってきたら”と、励ましてくださったの」と岡部さんは声を弾ませていた。
岡部さんにとっての戦後は、沖縄を抜きに語れない。出征前に「天皇陛下のためになど死にたくない」と打ち明けた婚約者を、「私なら喜んで死ぬ」と日の丸の旗を振って送り出した。中国北部から沖縄に転属された彼は、沖縄戦で両足を負傷、首里の近くで自決したという。それを知り「私は加害の女だった」と自らの戦争責任を問い、1968年から21年間、沖縄に通った。
平和の礎などを訪ねる今回の旅には、岡部ファンが各地から合流する。「よろけても、みんなで介護するからって」とうれしそうだ。「沖縄の皆さんにも、お別れをしておかないと。顔が見分けられるうちに、ね」
9日、その首里の図書館で開館記念講演をする。題は「花明かりゆらめく」。暗い夜、花明かりがぼうっと照らすように岡部さんは戦後51年目の夏、小さな時代の灯をともす。