〇掲載年月日 2001年11月24日
西論風発:「ブックスタート」運動開始から1年=池田知隆・編集委員
◇「地域で子育て」支援を
「肌のぬくもりを感じながらたくさんのことばを聞くことこそが、赤ちゃんの成長にとって不可欠な『心の栄養素』になるのです」
こんな呼びかけで「ブックスタート」運動が昨年11月、東京都杉並区で始まって1年になる。昨年の「子ども読書年」を機に、乳幼児健診に訪れた赤ちゃんに絵本を贈ろうという試みだ。現在、兵庫県相生市、富山県高岡市など31自治体で実施中で、来春には100を超える自治体で新規導入する動きが見られる。
この運動は、92年に英国・バーミンガム市で始まった。移民の増加で、文字も読めない人たちが増えたことが背景にあった。市保健局と図書館、教育関係者が協力して赤ちゃんのいる300家庭に本を配ったのだ。
各家庭で本の時間を楽しむようになり、赤ちゃんのころから本に親しんだ子は「集中力があり、読み書きや数学のテストで高得点をあげた」との報告もある。今では英国の92%の自治体に普及した。
本離れやメディアの多様化が進む中、この運動は日本でも子供の心を育てる絵本の力を再認識させるものとして熱い関心を集めた。だが、英国の事情とは異なり、日本で問題なのは、活字は読めるが、読書をしなくなることだ。
親子の間で純粋に絵本を楽しむ時間を持ってきたのか。絵本がいつしか「早期教育」やしつけの道具になってはいないか。子供たちの本離れを考えるとき、そのことを見つめ直さなくてはならない。
「高層住宅で育児をしているお母さんはあまり外出しない」。東京都練馬区の保健所に「絵本の部屋」を設け、育児相談をしている保健婦からこんな話を聞いた。「密室の中で、赤ちゃんにテレビやビデオを見させて育て、言葉の発達の遅れた子もいましたよ」
核家族化や高層住宅での暮らしが広がり、多くの母親がカプセルのような室内で一日中、乳幼児と向き合っている。テレビや雑誌などで育児情報に接しても、直接悩みを相談できる友だちを得にくい。ストレスがたまって幼児虐待につながるケースもある。
密室の中で孤立しがちな母子にとって、絵本を通して保健婦や図書館員がかかわっていく「ブックスタート」運動は、地域社会への窓を開いていく。毎日新聞も今年1月から童話を連載し、子供たちに「読んであげて」運動を展開中だ。この趣旨も「ブックスタート」運動と同じだ。
子供たちをめぐって心が痛む事件が頻発する中、母子がゆったりと絵本や童話を楽しむ時間をもてる社会づくりを応援したいものだ。