2001年8月21日火曜日

西論風発:心の内戦 男たちよ、死に急ぐな

 〇掲載年月日 2001年08月21日 

 西論風発:心の内戦 男たちよ、死に急ぐな=池田知隆・編集委員 

  

  3万1957人。警察庁がまとめた昨年1年間の自殺者の数だ。前年を1091人下回ったとはいえ、3年連続して3万人を超えた。40~50代の中高年の男性は1万250人で、1時間に1人を超える割合で自らの命を絶っている。

 交通事故死の約3倍、世界の紛争当事国における戦死者を超える自殺者たち。未遂者を含めると、その10倍以上が自殺行動に走っているといわれる。戦死と自殺を安易に並べて語れないが、平和と繁栄の下にある日本で、ストレスによる「心の内戦」というべき状況が激化している。

 男の自殺者数は女の約2・5倍で、中高年ほど男女の差が大きい。遺書の中で「経済・生活問題」を動機にあげたのは2927人で、前年より5・3%増加、長引く不況が中小企業を直撃している。仕事本位の過労のほか、失業による自殺が広がっている。

 黙って耐え、悩みを人に語ろうとはしない男たちをどう支えていけばいいのか。

 6年前、大阪に「『男』悩みのホットライン」が開かれた。相談員は「まず『男らしさ』というよろいを脱いで、『自分らしさ』を見つめてほしい」と語りかけているが、電話の向こうに会社や組織、家族から切れた男たちの深い孤独感が漂っている。

 先日、随筆家の岡部伊都子さんから届いた新著の題は「弱いから折れないのさ」(藤原書店)だった。重い障害を抱えながら絵を描く星野富弘さんの詩からとったものだ。

  ちいさいから踏まれるの さ/弱いから折れないのさ /たおれても/その時 も し/ひまだったら/しばら く/空をながめ/また 起 き上がるのさ


 幼いころから虚弱体質で、満78歳になっても弱虫のままだ、という岡部さん。暮らしや自然に細やかな視線を注ぎながら、戦争や差別、環境の問題を鋭く追及し、その詩心のままにしなやかに生きてきた。そんな「柳に雪折れなし」の精神を今、男たちも学ばなくてはならない。

 国民的な支持を受けた小泉内閣の「構造改革」はいよいよ本格化する。その“痛み”にどう耐えていくのか。

 自己責任が厳しく追及される社会になると、責任と死が直結しかねない。深刻な自殺大国にしないために、精神的な危機に陥った男たちを社会全体で支えるシステムができないものだろうか。

 少なくとも、男たちがすぐに相談できる「心の救急ネットワーク」などの整備が求められている。

 男たちを死に急がせてはならない。